~暮らし・子育て・生きることを考える~ムックマムへようこそ!

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

PageTop

ヒマラヤのふもとの小さな村から ~南インド・ケララ州への旅~  【ムックマム16号より】

ムックマム13号では、ヒマラヤの豊かな自然に恵まれた小さな村での暮らしについてのエッセイを書かせていただきました。
見知らぬ土地を訪れ、異文化に触れ、そこで出会う人々や自然、次々と起こる出来事の1つ1つを受け止めながら旅を続けてゆくということは、勇気のいることですが、そこからは思いもよらないストーリーが展開してゆくものです。それは楽しいことばかりではなく、心の底から涙があふれ出る程に悲しい出来事であったりもするのです。「かわいい子には旅をさせよ」の言葉通り、その様な経験は、身をもった学びとして、人間的成長につながってゆくものと信じます。

実は、私は13号で書いた旅の3年前にも単身インドへと旅したことがあったのです。今回は、その時の体験を織り混ぜ、13号でお話したヒマーチャルプラディッシュ州の小さな村“ヴァシスト”から一家(つれあいと私、当時2才の息子)で、南インド、ケララ州、コヴァラムビーチへとたどり着くまでの道のりを記してみたいと思います。

私たちが長期滞在していた“ヴァシスト”は、温泉のある避暑地として、ヒマーチャルプラディッシュ州の中でも有名な村でした。共同浴場(温泉)は、村の入り口近くにある寺院の隣にあります。男女二槽に分かれた四角い露天風呂には常にお湯が湧き出ており、入浴料は無料なので、だれでも24時間好きなときに入ることができます。ある日本人が、「このお湯につかると自然治癒力が増すんだよ。」と教えてくれました。実は、当時2歳の息子の晃也(にこや)は、インドに入ってから移動するたびに、下痢をしたり、微熱を出したり、慣れない環境に適応するのにたいへん苦労していたのです。そんなこともあって、私たち親子も夕方や早朝、温泉につかることを日課としていました。

幼い子を持つ母親としては、炊事や洗濯、身の回りの日常をこなしてゆくだけで、一日があっという間に過ぎてゆきます。旅をしていてもやっている事は基本的に同じ。だからこそ、温泉につかれる時間は、本当に有難いものでした。おかげで晃也も元気になり、足元の草や石ころと戯れながら、三人で遠くまで散歩に出かけることもできる様になりました。また、まきストーブにくべるまきを、中庭から2階の部屋まで何回も往復して運んで、私たちを喜ばせてくれました。借りていた家で飼っている生まれたばかりの子牛とは特に仲良しで、話しかけたり頭をなでたりかわいがっては、楽しそうに遊んでいる様でした。今思い出しても、本当にかけがえのない日々を家族で過ごせたことに感謝したい気持ちになるのです。

さて、約3ヶ月に及ぶヒマラヤの山の暮らしにも、ようやくピリオドを打つ事を決意し、私たち気まぐれな旅行者は、お世話になったインド人一家と村の人々、豊かな山の自然に別れを告げ、東インド、オリッサ州のカルカッタ(旧首都)から列車で約2時間の海岸地である、“プーリー”を次の目的地としました。しかし実際に足を運んでみると下界はまだ雨季が明けきらないため、暑い上にたいへん湿気が多く、人々もなぜか険しい表情をしているように感じました。海は潮の流れが激しく、空はどんよりとした雲におおわれる日が多く、当然泳ぐどころではありません。日本食を持ち歩かない私たちにとって、バザール街やマーケットへ足を運んでは自炊しやすい材料や調味料を探し出すことは、生活してゆく上で大切な仕事だったのですが、なぜだかうまくいかないのです。それでも何とか、子供には自炊したものを食べさせようと、米や野菜を買い出してケロシンストーブに火をつけ調理してはみたのですが、たいした料理もできずに自己嫌悪におちいる始末。そんな私たちの中で晃也はもっと落ち着かなかったのでしょう。ついに体調を崩し下痢が止まらない状態になってしまいました。

夫はここで子供の安全を考えた上で帰国を希望したのですが、私はどうしても帰国する気になれませんでした。というのは、今回の旅でどうしても行っておきたい場所があったからです。それは南インド、ケララ州にあるコヴァラムビーチです。実は…何を隠そう、我々夫婦は、この旅の3年前(お互いに一人で旅をしていた頃)この海岸で出会ったのです。私のそれまでの旅の行程はというと…中国からパキスタンを旅行し、パキスタンの首都ラホールから陸路(バス)でインドの首都、ニューデリーへというものでした。今から思えば、よくもこんな大胆な旅を周囲も顧みず、やってのけたと感心してしまいます。そうして、インドにたどり着いた私は、ニューデリーのバザール街の、行き交う人々の雑踏と、喧噪の渦の中に一人ほうり込まれ、~これからどんな旅が始まるのだろう~ と一人ワクワクしたものです。一枚布のカラフルなサリーを身にまとうインド人女性がさっそうと歩く美しい姿をうっとりと眺めていたり、フレッシュフルーツの見事に並んだジュース屋の前で、作りたての冷たいジュースを一気に飲み干したりしている私がいました。

そして、見つけた一軒の安宿に部屋を借り、疲れた体をいやそうと一人横たわっていると、なぜか母の胎内にいた時の様な不思議な感覚を味わっていました。~ここは何て居心地の良い場所なんだろう~ そうして私のインドの旅は始まったのです。

その後北インドはベナレスやスリーナガルにも足をのばしたところで、ようやく南インド、ケララ州、コヴァラムビーチへと移動することになりました。ケララに来て、豊かな自然とおいしい食べ物、やさしいインド人たちとの出会いの中で本当にリラックスした気分の時でした。まさか、この時は“マコト”と名乗る目の前の青年(今はすっかりオジサンですが)と帰国後再会し、結婚して子をもうけ、再びこの場所を訪れようとは夢にも思っていませんでした。

コヴァラムビーチの魅力は、白い砂浜とエメラルドグリーンに輝くアラビア海の美しさにあると思います。別名“サンセットビーチ”といわれる程に海に沈む夕日の美しい海岸で、私は夕方になると海辺の小高い丘に登っては岩場に腰かけ、真赤に燃える夕日を眺めていたものです。この海岸を少し歩けば、やしの木のおい茂る林の中、ココナッツの実がたわわに実っています。そんな中に民家や、外国人向けゲストハウスが点在しているのです。そういえば、バナナやパパイヤの木も多く、フルーツ売りのインド人のおばさんたちが籠にいっぱいフルーツを入れて、私たち旅行者のところへ売りにきては高い値段をふっかけられたこともありました。また、ケララの食べ物は世界中で一番おいしいという人もいるくらい、日本人の口にもよく合うし、種類も多く値段も手ごろです。例えばサンバルという野菜カレーは、地場の野菜をふんだんに使ったサラサラのカレーで、本当にさっぱりとしたくせのない味です。マサラ・ドーサは、米紛で作った生地をクレープのように大きく焼き、その上に香辛料のきいたポテトをのせ、くるりと巻いて食べるスナックでたいへん人気の高い食べ物です。また、イドゥリと呼ばれる雑穀を蒸して作った円盤型の小さなパンは、少し酸味があって、サンバルと一緒に食べると、もうやみつきになりそうです。また一般にケララ州は、インドの中でも教育水準が高く、キリスト教徒の割合が比較的多いせいか、英語が通じやすく、西欧的な洗練された雰囲気を感じさせます。

そんな恵まれた環境のコヴァラムビーチに訪れれば、晃也もゆっくりと療養ができ、必ず元気になるだろうと安易に考えていましたし、ぜひもう一度、今度は家族で訪れてみたいという思いがあって、どうしても帰国するわけにはいかなかったのです。

結局数日後、晃也の体調が落ち着いてきた頃を見計らって、私たちは旅立ちました。カルカッタから昼過ぎ出発の夜行寝台特急に乗って、翌朝南インドの大都市マドラスに到着。そこで別の列車に乗り換えてケララ州の州都、トリヴァンドラムで下車。真昼の太陽がまぶしく、また、整然と整った街並みが印象的でした。通りの両脇に立ち並ぶココナッツの木が陰となり、地面の明暗をくっきりと二分していました。そして更に南へ車で一時間、ココナッツの林をいくつも通り抜けて、ようやくなつかしいコヴァラムビーチへとたどり着くことができたのです。

(18号へつづく)

PageTop
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。