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第7回 CAPのワークショップに参加して

CAPのワークショップに参加した。CAPというのはChild Assault Preventionの略で、子ども・暴力・防止という意味である。アメリカで78年に誕生し、日本には85年に森田ゆりさんによって紹介された。これまで何人かの友人からパンフをもらったり、話を聞いたりしていたので、内容は漠然と知っていたけれど、きちんと受講したのはこれが初めてだ。暴力の犠牲になった時、子どもはとかく“自分が悪いからこんなめに遭った”と考えがちだというが、そういう子ども達の陥っている状況や心を打破し、救うための対策というのがこんなにわかりやすく整理されてまとまっていることに、2人の幼い娘を持つ親としては、ありがたさを感じるばかりだった。

ワークショップでは、参加者全員が胸に名札をつける。私が参加したのは小学生の親向けコースだったが、受付で名札を渡された時、なんとそこに姓でも名でもなく、自分自身が小学生時代に呼ばれていたニックネームを記入するよう言われた。私のニックネームは旧姓から取ったものだったし、もう20年近くもその名で呼ばれたことがなかったので、正直言って、ちょっとヘンな気持ちがした。きっとそれは私一人ではなかっただろう。

「自分が小学生だった時のことを思い出して下さい」とスタッフの人は言った。どんな髪型をしていて、どんな体型で、どんな友達がいて、どんなことをして遊んでいたか・・・・。私も懸命に記憶を辿った。小学校5年生の時、と限定されたので、特にその頃のことを具体的に思い出そうと努めた。スタッフによるいろいろな説明やロールプレーがあり、人間には誰にも「安心」「自信」「自由」が守られる「権利」があり、それが脅かされる出来事があった時には、「いやだ」と言うこと、「逃げる」こと、「相談する」ことが“許されている”だけでなく、“そうすべき” なのだということが、小学生に扮する私達にもだんだんわかってくる。

例えば、上級生からカツアゲ(恐喝)に遭った時、知り合いのお兄さんに望まない体の触られ方をした時、知らない人に抱きつかれた時・・・。自分に落ち度があったから仕方がないと考えるのはやめよう。それははっきり「いやだ」と言っていいし、逃げていいし、大人に相談することは告げ口ではない、と知らされるのだ。被害に遭った自分が悪いわけではない、ということをこのワークを通して“初めて” 知る子どもはきっと少なくないと思う。自分自身の過去を振り返っても、そのくらい子どもというのは大人が考えている以上に、自分に責任を感じがちだと思う。大人からの暴力も、虐待も、無視も、酷い言葉の洪水も、そればかりか夫婦喧嘩の原因さえ、自分のせいだと考えてしまうのが子どもなのだ。おそらく親にウンコを食べさせられたって、自分が悪いからだと考えてしまうだろう。

こんなにけなげな発想の中で暮らしている子ども達だから、子ども達に最後の抜け道を示しておいてあげることはとても大事なことに違いない。ここぞという時に、子どもが「自分がこんな目に遭うのは自分が悪いからじゃないんだ」という考えに辿り着けるよう、平時から暴力とは何か、人間の尊厳を守るとは何かということを、たとえただの知識としてでも身につけておくことは一つの護身術になる。そうでないと、子どもは繰り返される暴力のからくりから脱出する勇気も理論も持てずに、ただただ耐え続けてしまうだろう。そうやって遂に命を落としてしまう子ども達も現実にたくさんいるし、そうなってしまってからでないと周りの大人達も気付けなかったということが多い。

人間の尊厳ということを「人権」という言葉を使って伝えていくことは、権利ばかり主張して責任を知らない人間を作ることになるという批判もある。私も、自由教育を標榜する知的レベルの高い親たちが、「権利」や「自由」の名のもとにただの無秩序や野放図を許している実態を見聞きするにつれ、「権利」という言葉のイメージを自分の中で悪くさせていた。でも考えてみれば、どんな思想でも受け取り方の間違いや使用法の悪さという問題は付随するわけで、それはまた別個に考えていくべき事柄なんだろう。

CAPのワークショップは、学校等で、親向けと児童向けの2つをセットに通常おこなわれるそうだが、子ども達のまだやわらかな、真実を受け容れ得る純粋さを残した心には、権利というものが自分のものであると同時に、他人のものでもあること、つまり普遍の真理であることが自然に理解されていくようである。例えば、友達同士の関係の中で、自分にとってかけがえのない安心・自信・自由は、友達にとってもかけがえのないものだ、ということがいくつかのロールプレーの中で次第に見えてくる。それまで何の悪気もなく友達をいじめたり、のけものにしたり、からかったりしていた子が、実は、その子の尊厳を傷つけるという大それた行為であったと気付く。逆に、いじめられて学校に行けなかった子が、どんなに軽んじられようと自分はかけがえのない存在であると気付いて、立ち直った例もあるらしい。

解説とロールプレーの合間、合間に、参加者がとなりの人と話をする時間が何度も設けられた。終盤に近づき、小学生(この場合は小学生に扮した私達)が、そうか、いやな時はいやと言っていいのか。その場から逃げ去ることは卑怯じゃないんだ。大人に話すことは告げ口じゃなくて、問題を解決するために必要なことだったのか・・・と心から納得してきた頃、「では、おとなりの人を信頼できる大人だと思って、自分が聞いてもらいたいことを話して下さい。聞く大人は、さとしたり、自分の意見を差し挟まずに、ただ同意して聞くようにして下さい」というワークが与えられた。

私が最初に話す番になった。自分が小学校5年生だった時、私は大人に何を聞いてもらいたかったか。考えると胸がドキドキしてきた。当時の私は大人を一から十まで信用していなくて、心を割って話のできるような家族も先生もいなかった。本当は、話したいことは山ほどあったはずだが、大人相手に自分の心を話すという発想すら湧いてこないほど、完全に心を閉ざしていた。たった1分間で、突然にそんなこと言われても・・・と、戸惑ったが、今はもう実際は私は小学5年生ではない。子どもも2人いるいい大人で、オバサンで、今さら昔の傷にめそめそするほどヤワじゃなくて・・・。そう思うと吹っ切れて、今さら人に喋る気なんかなかった当時の心の重さを言葉にし始めた。

「おじいちゃんと、おばあちゃんと、お父さんが、私の顔を見るたびいつも、 “お前は悪い子だ、悪い子だ”って言うんです。ほんとうにいつも、毎日。顔をあわせるたび“お前は本当にどうしようもない子だ、世間に恥ずかしい子だ、みんなに嫌われて当たり前だ”って・・・」。声が震え始めた。自分でも予想していなかったことに目までうるみ始めた。小学生の私に戻っていた。何もかも吐き出してしまいたい衝動にかられそうだった。

「それで私は・・・おじいちゃんと、おばあちゃんと、お父さんが死んでくれないかなって、いつも思っているんだけど・・・。うちに帰ってきたら死んでいたらいいのにって。でも・・・、死んでくれなくて。だから、どうしていいかわからなくて・・・」。これには喋っている本人がドキリとした。そうだった。私は、いつも家族が死んでくれることを望んで暮らしている子どもだったのだ。その気持ちは思春期に入ると、自分が死んでしまいたいという気持ちに変わっていった。実際、何度も自殺を考えた。いつも頭の片隅にあったといった方が正確かもしれない。でも死にきれない自分がいて、せめて遠くに家出して二度とこの家には帰ってこないでいたいと、荷物をまとめたり、貯金通帳を眺めたりして過ごしていた。

当時のあの気持ち、家にいることがイヤでイヤで、家族と食事するのも、「おはよう」と挨拶を交わすのも、何か質問されるのも、すべてが苦痛で、不愉快で、生きていくために仕方なく家族の顔をしてそこにいて、最低限のやりとりだけで済まそうとしていたあの気持ち・・・。あの気持ちを私が子どもだった当時に、もしも誰かが「あなたは悪くないんだよ、そうだったのかい、それはツライよね、話してくれてありがとう」なんて聞いてくれていたら、私の人生はどうなっていただろう?

それは今となっては、まったく想像すら及ばない、自分の過去とはかけ離れ過ぎた空想に過ぎないが、いい悪い抜きに、本当にそんなことがあったとしたら、自分の人生はまったく違ったものになっていたことだけは間違いない。そのくらい、子どもが自分の存在を認められ、受け容れられるということは、その子の人生を根本から変えると思う。どんなに気をつけても、大人は子どもの心に多かれ少なかれトラウマや古傷を残してしまうものだろう。それはもう避けがたいことだと思う。それでもこういう勉強をどこかで少しでもしていれば、少々ドロナワぎみでも、子どもの命の尊厳を根もとから傷つけたまま社会の荒波の中に放り出してしまうようなことは、避けられるような気がする。子ども自身もこういうことを知ることで、いつか絶望的な状況に落ちることがあっても、自分の存在の大切さは普遍的なものであることを、記憶の片隅から引っ張り出すことができるんじゃないだろうか。いや、そうであってほしいと思う。


2002年4月12日

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