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第1回 お母さん達がおかしいって言うのは簡単だけれど・・・

子どもの食生活に関する座談会に出ていた時、こんな話になった。

ある年配の女性が「今の若いお母さん達は子どもに媚びている」と言うと、
中年男性が「そうなんですよね。この間知り合いに聞いたんですが、
お父さんが『雨が降ってきたから駅まで迎えに来てくれ』と家に電話したら、
お母さんは『子どもを塾に迎えに行かなきゃならないから行けない』って応えたって言うんですよ。仕事して帰ってきたお父さんを置いてねぇ・・・」

私はごく単純に、お父さんは大人だからどうとでもして自分で帰ってくる事ができる。
タクシーに乗ってでも、コンビニでビニール傘を買ってでも。
だけど、子どもは決まった時間に迎えに行かなきゃ人にも迷惑かけるし、子どもも困る・・・
という事情があったんじゃないかと考えた。
子どもが塾に通う事がいいかどうかの議論は置いて置いて。

すると別の男性がこんな話をした。
「先日精神科医の先生と囲んで話をしていたんですが、今の17歳が犯罪に走るような現象は、
すべて母親が父親よりも子供の方を大事にするようになったことが原因だということになりましたね。」
 
ちょっと待ってよ。
私はすかさず口を挟んだ。
「それは、子どもが生まれた時からお父さんが育児に関わらないって言う背景もあるんじゃないですか」
その男性の返答はもっともだった。
「お父さん達が育児に関われないような社会があるんですよ」
それはそうだ。そんな話は二千回くらい聞いたことがある。
だけれども、もう一歩踏み込んで考えてみたい。
毎日疲れ果てて帰宅するお父さんに、毎日子どもと遊んでくれとは言わない。
残業で10時に帰ってくるお父さんに子どもを風呂に入れてくれとも言わない。
お母さん達が本当に心から求めていることはそんなことではないのだ。
「俺は仕事で疲れている。俺は外で働いている。家のこと、子供のことはお前の役割。
俺はお前達家族を養っている」・・・お父さんが言葉以前のところで伝えてくるこんな態度
(あるいは心情)に納得のいかないものを感じているんじゃないだろうか。

思いやりや感謝がないのはお互いさまかもしれない。
だけど、収入がないという点で、お母さんの立場はうんと弱い。
子どもが小さい頃のお母さんの肉体的、精神的負担の大きさは
おそらくお父さんには想像もついていないと思われる上に、
堂々と自分の方に理があるような態度をとられるものだから、報われない気持ちになるのだと思う。
お父さんも大変だろうが、子どもはまぎれもなく二人の子どもなのだ。
物理的にはお母さん任せになる部分が多いとしても、
自分もまた二人しかいない親のうちのかたわれであり、
育児は決して母親一人でできるものではないということを忘れないで欲しい。
子どもが生まれるということは、とにかく大変な負担をこうむることなのだ。
生活費を稼ぐことが父親の役目だと思っているお父さん、
ならば金持ちのパトロンでも代わりが勤まるということではないですか?

今のお母さん達が一番切望しているものは、
親身になってわが子に関わってくれる身近な大人の存在なのだと思う。
孤立無援で子どもと関わらざるを得ないから、身も心もぼろぼろになっていく。
閉鎖された家庭の中で異常な状況が生まれていく。
それはお母さん自身にも止められなくなってしまうのだ。

思春期の犯罪が母子の異常なあり方に原因があるというのは事実だろう。
けれども、今のお母さんが、お父さんより子どもを大事にするのはごく自然ななりゆきなのだ。
お金さえ稼いでいれば役目を果たしたように思って
母親の叫びに耳を傾けないお父さんをやがてあてにしなくなるのは当然のことではないか。
それに比べて、子どもは例外なくお母さん思いなのだし。

社会のせいでお父さんもくたびれているのかもしれない。
だからお父さん一人を責めるつもりはないけれど、
「昔のお母さんは賢かったからうまくお父さんを立てていた」とか
「それで子ども達もまともに育った」なんて話にもって行かれると、
ちょっと待ってよ!と言いたくなる。
何十年前の話か知らないが、昔と今では、お母さんの置かれている状況が、
社会的にも心理的にも大きく変わってしまっている。
おそらくこの10年の間でも随分変化しているだろう。
そういうもろもろの変化を無視して
「昔はよかった」みたいなのん気なことを言うのはやめてくれと言いたい。
これは子育てに限らないことだけれど、過去の賢明なる風習から学ぶのはいいことだが、
社会の上っ面だけを見て「ここが変わったからいけなくなった」という議論が多すぎるように思う。
懐古主義なんてものは、人間や社会の内的な変化というものを見ようとしないロマンティストのものだ。
そんなところから出発したって世の中どうなるわけでもあるまい。

本当に子ども達を救おうと思うのなら、この最悪の社会にも希望を託したいと思うなら、
問題点の「指摘」ではなく、問題の「原因」がどこにあるのかをとことん追究しなくちゃならないだろう。
各界の学者や評論家達が、もっともなことばかり並べ立てて何一つ世の中良くできないのも、
早々に分かったような気になってしまっているからじゃないだろうか。
                                                 2001.2.18

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